富山市民病院 整形外科
重本顕史
引き続き、後半のKyungpook University Hospital (国立慶北大学病院)での研修について報告させていただきます。
Kyungpook University Hospital (国立慶北大学病院)
4月22日から始まりましたソウル→釜山→そして大邱と、韓国三大都市を移動する今回のTravelling fellowship program も、残すところ最後の地、大邱のみとなりました。
4月28日大邱ヘは4th Korea-Japanese Pelvic Acetabular Injury Conference に参加後、Kyungpook University Hospitalの先生の車で移動しました。途中、世界遺産の‘佛國寺’に連れて行っていただき、その後夕食となりました。連日、肉・魚介類が中心でしたが、ここでは韓国の伝統料理(野菜?)をいただき、お酒も控えめで北田先生とともに久しぶりに胃を休めることができました。
さて翌日4月29日は早朝7時からChang-Wug Oh教授のもとでのfellowship programが始まりました。実は今回、釜山からSaarland UniversityのTim Pohlemann教授もご一緒に大邱を訪問されており、29日早朝に『Advances in the Treatment of Acetabulum Fractures What is agreed, where do we have to improve?』という講義を聴講できるという、非常に貴重な機会に恵まれました。
Tim Pohlemann教授の講義
その後は、研修の時間のほとんどを手術室で過ごしましたが,やはりGuro Hospital同様にここでも、若いレジデントが体位などの準備をすすめ、執刀は教授を中心に行われておりました。Chang-Wug Oh教授とは以前にAOコースでお話しをする機会があり、とてもお優しい印象をもっていましたが、手術室から垣間見えたお姿は、全く別でありました。後でResidentの先生にこっそり聞くと、非常に厳しいとのことで、どこかで同じような、、、と感じました。
さてここで慶北大学病院の成り立ちを少し紹介させていただきます。実は明治37年(1904)京釜鐵道の嘱託医の藤縄文順が大邱の将来を考えて東京 同仁会に医院の設置を要請し、それを受けて明治39年に大邱に医療施設の設置が決定され、約百年前の明治40年(1907)慶北大学病院は1907年「大邱同仁病院」として開業したのが始まりそうです。そのため日本とは深いかかわりがあり、今回病院内にありました医療博物館を見学させていただきましたが、中には日本語でかかれた資料が数多く残されておりました。
また29日の夜は、以前に私どもの施設に見学にこられていたCho先生が食事に誘ってくださり、地元民しかいかないような穴場の店につれて行ってくだいました。ただ彼は韓国の先生方の中でも恐れられるほどの酒豪であり、数えきれないほどのBomb Shotをいただき、気が付いた時には4人でソジュケースが一箱空に、その後もワインへと、、あらためて韓国の先生方の酒の強さを思い知りました(ちなみに韓国ではアルコールによる大腿骨頭壊死が多いそうです)。
さて戻りますが、30日には今回、45th Annual Meeting of Korean Fracture Societyで発表の機会をいただいた内容を発表させていただく機会をいただきました。今回の研修全体を通して韓国の若手の先生方は臨床だけでなく、研究にも非常に熱心であり、その姿はこのTravelling fellowshipを通じて非常に刺激を受けました。
残念ながら今回最終日の5月1日は韓国では勤労者の日で、基本多くの施設が休みにあたるとのことで、同日予定手術もなく見学は2日間で終了しましたが、Guro Hospital同様に、本当に非常に温かく迎えていただき、そのhospitalityに感激しました。今回我々を温かく迎えてくださいましたKorea University Guro Hospital のJK Oh教授、Kyungpook National University HospitalのCW Oh教授、また各施設の先生方、さらにはKorea Fracture Society事務局の皆様にこの場をかりて心より御礼申し上げます。
また今回約2週間にわたり一緒に研修しました、兵庫県立西宮病院 北田真平先生には様々な場面で助けていただき、充実した研修を送ることができました。感謝とともに、今後も一緒に日本の骨折治療に貢献できるような関係を続けていきたいと思います。
最後になりますが、このような素晴らしいTravelling fellowshipの機会を与えいただきました日本骨折治療学会の関係者の皆様、ならびに長期間にも関わらず快く送り出してくださった富山市民病院の皆様にも、深く御礼申し上げます。