股関節のことをヒップ・ジョイント(hip joint)とよびます.そして,股関節周囲の骨折,特に高齢者が転倒などで受傷する,股関節周囲の大腿骨骨折をヒップ・フラクチャー(hip fracture)とよびます.日本語で正しくは,大腿骨近位部(だいたいこつきんいぶ)骨折といいますが,覚えにくいので欧米人がよく使うヒップ・フラクチャーという用語も使いながら,詳しく解説していきます.このホームページ内にある「大腿骨頚部/転子部骨折,患者さんのための解説書」も参考にしてください.
高齢になって,骨が弱くなり骨折を起こしやすくなった状態を,「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)」といいます.閉経後のホルモンバランスの変化から,骨粗鬆症になりやすいため,圧倒的に女性が多い疾患です.現在,骨粗鬆症の患者数は約1590万人で,女性が1,180万人,男性が410万人といわれています.
高齢者は,「骨粗鬆症」と「転倒」により骨折を受傷しやすい状態になっています.立った位置からの転倒,あるいはそれよりもっと軽微な外傷で起こる骨折のことを医学的には,「脆弱性骨折(ぜいじゃくせいこっせつ)」と呼びます.私たちは,日常生活の中で,つまずいて手をついたり,足をすべらせて尻もちをついたりすることがあります.若者は,転倒しても骨折することはまれです.ところが,骨粗鬆症になって骨が弱くなると容易に骨折してしまいます.また,高齢になると転倒しやすくなります.まとめると,「骨粗鬆症」と「転倒」が,「脆弱性骨折」の主な原因なのです.
脆弱性骨折が特に起こりやすい部位は,
です(図1).「近位」とか,「遠位」とか難しい言葉が出てきました.近位とは,体の中心に近い部分のことです.遠位とは,逆に体の中心から遠い部分のことです.大腿骨は股関節から膝関節までを含む一本の骨です.なので,大腿骨近位部骨折とは,大腿骨の股関節側の骨折という意味です.要するに,股関節周囲の大腿骨骨折が大腿骨近位部骨折です.ややこしいので,大腿骨近位部骨折のことをヒップ・フラクチャーともよぶことにします.この用語は,欧米では整形外科医も一般人もよく使用しています.

図1.脆弱性骨折が起こりやすい部位
骨粗鬆症は女性に多いため,ヒップ・フラクチャーの男女比は 女性4:男性1 くらいです.また,日本人女性の約5人に1人は,生涯でこの骨折を受傷すると推測できます.そして,何らかの原因で寝たきりになってしまった人は骨がさらに弱くなります.さらに,股関節や膝関節が拘縮してしまうと,おむつ交換のときに骨折することもよくあります.
ヒップ・フラクチャー(大腿骨近位部骨折)は,「大腿骨頚部骨折(けいぶこっせつ)」と「大腿骨転子部骨折(てんしぶこっせつ)」の2つに分かれます.
脚の付け根にある「股関節(こかんせつ)」は,太ももの骨(大腿骨:だいたいこつ)と骨盤をつなぐ関節です.大腿骨の一番上の部分は丸い形をしており,「骨頭(こっとう)」と呼ばれます.そのすぐ下の細い部分が「頚部(けいぶ)」です.その下の太く出っ張った部分を「転子部(てんしぶ)」とよびます.
ヒップ・フラクチャーは,折れる場所によって名前が変わります.
です(図2).違う名前がついているのは,治療法や予後(病気や怪我がたどる経過と結末の見通し)が異なるためです.
それぞれの特徴と治療法を詳しくまとめてみます.

図2.大腿骨近位部の構造と骨折型
(1)特 徴
(2)治 療
大腿骨頚部骨折の手術方法は,1)整復内固定術(=骨接合術)と2)人工物置換術(=人工骨頭置換術と人工股関節全置換術)の2つに分けられます.
1)整復内固定術(せいふくないこていじゅつ),骨接合術(こつせつごうじゅつ)(図3)

図3.大腿骨頚部骨折と骨接合術
2)人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ,HA),人工股関節全置換術(じんこうこっとう ぜんちかんじゅつ,THA)(図4)

図4.大腿骨頚部骨折と人工骨頭置換術
(1)特 徴
(2)治 療

図5.大腿骨頚部骨折と人接合術(髄内釘)

図6.大腿骨転子部骨折と骨接合術(プレート)
骨折の治療には 手術をする方法(手術療法) と下肢を牽引したり,ギプスなどで固定したりする方法(保存療法)があります.
昔は,高齢者の手術が難しかったため,脚を引っ張って骨折部が癒合するのを待つという治療方法が行われていました.しかし,そのような治療法では 骨が癒合しない,癒合しても大きく変形してしまう,下肢が短くなるなど,数多くの問題が生じて満足のいく治療結果が全く得られませんでした.また,保存療法では,長期間ベッドで寝ている必要があり,床ずれや肺炎を生じて,寝たきりになったり,死亡してしまったりすることが多かったのです.
現在では,麻酔,手術,周術期管理が進歩したことで,高齢者でも手術で治療できるようになりました.合併症で患者さんの全身状態がとても悪くて,手術すると術中あるいは術後すぐに死亡する可能性が高いことが予想される場合を除いて,できるだけ手術治療を選択します.保存療法よりも手術療法の方が機能的予後も生命予後も良いと考えられているからです.また,受傷時に寝たきりに近い状態の人でも,ヒップ・フラクチャーを受傷すると,局所の疼痛が強いので,介護によって痛みが増強しますし,体位変換ができなくなって呼吸機能が落ちたり褥瘡ができたりします.そのため,寝たきりに近い状態の人でも,手術を提案することが多いです.
現在,わが国では,年間20万人以上が毎年新たにヒップ・フラクチャーを受傷しています.前述したように,日本人女性の5人に1人は,生涯のうちにヒップ・フラクチャーを経験します.そして,全てのヒップ・フラクチャーの約95%に対して現在は手術が行われています.
ヒップ・フラクチャーの手術は,生命予後,機能予後,医療コストのすべての点から,受傷後できるだけ早く行うのが,最良の結果をもたらすと考えられています.すなわち,准緊急手術として対応すべき骨折です.日本では受傷後48時間以内,欧州では医療施設に到着後36時間以内の手術をめざすようになりました.そのためには,患者さん/家族と,医師(整形外科医,内科医,麻酔科医,精神科医,リハビリ科医,歯科医ほか),看護師,理学療法士,薬剤師,栄養管理士,ソーシャルワーカー,ケアマネジャーなどの多職種が連携して治療していく必要があります. 患者さんによっては,併存症の治療やそのコントロールのために,すぐに手術できない場合もあります.また,抗血小板薬,抗凝固薬,血管拡張薬,冠血管拡張薬,脳循環・代謝改善薬,高脂血治療薬,降圧剤,糖尿病薬,女性ホルモン関連薬などの一部は,手術前に一定期間休薬を必要とする薬であるため,受傷から48時間以内の手術ができないこともあります.さらに,手術室,整形外科医,麻酔科医,内科医,その他スタッフの不足から,早期手術ができない施設が多いのが日本の医療の現状であり,早急な改善が望まれます.
受傷前の活動性,特に移動能力をもう一度獲得することが,手術の一番の目的です.受傷前に歩けていた患者さんは,もう一度歩けるようになることを目指します.そのためには,リハビリテーションがとても大切です.歩行能力再獲得を目標としたリハビリテーション医療の流れは以下のとおりです.
リハビリの進み具合は,受傷前の歩行能力や年齢によって変わります.
医療施設によって異なりますが,主に手術を行う病院と主として術後のリハビリテーションを行う病院があります.手術を終えた後は,主としてリハビリテーションを行う病院で治療を受けた方がよい場合が多いので,担当医から連携施設などへの転院を指示されるのが一般的です.受傷前にしっかりと歩けていた人に対しては,上記のようなリハビリテーション医療を行っていきますが,受傷前から車いすが中心の生活であった人には,そのレベルまでのリハビリテーションを行うのが普通です.
受傷前からよく歩けていた人は回復しやすいですが,残念ながらすべての人が元通りに歩けるようになるわけではありません.手術後の歩行能力は,受傷前の歩行能力,年齢,認知症などに大きく影響を受けます.受傷前の歩行能力が低い人や,高齢,認知症があると回復しにくいといわれています.受傷前に屋外が一人で移動できていた人が元の状態に戻れるのは約50%です.また,屋外は一人で移動できないけれど,室内の移動は一人でできていたという人が同じレベルに戻れるのも約50%です.
ヒップ・フラクチャーを受傷すると生命予後も悪く,受傷から1年以内の死亡率は10〜20%程度といわれています.手術に耐えられると判断して,手術をしますが,それでも術後に亡くなってしまう患者さんはいます.ヒップ・フラクチャーを受傷した患者さんの死亡率は,受傷から10年が経過しても受傷していない患者さんよりも高いことも知られています.
もう一つ大切なことがあります.
ヒップ・フラクチャーを起こさない一番よい方法は,骨粗鬆症の治療をしっかり行うことです.しかし,骨粗鬆症の検診率は現在5%程度と非常に低く,検診率が向上する気配がありません.そのため,ヒップ・フラクチャーを受傷した患者さんで,骨粗鬆症の治療を受けていた人はわずか30%程度しかいませんでした.
そして,ヒップ・フラクチャーを受傷した患者さんは,反対側のヒップ・フラクチャーを起こすリスクが非常に高いことも知られています.おおよそ,10人に1人は反対側も受傷してしまいます.受傷から1年以内に二次骨折として反対側のヒップ・フラクチャーを受傷するリスクが高いとされています.これをできるだけ防止するために,骨粗鬆症の治療をしっかり行うことが必要です.入院中はもとより,退院後も骨粗鬆症の治療を継続していくことが大切です.
2025年12月